ビジネス特集 “10兆円”大学ファンドの船出 日本の大学衰退を救えるか | 教育

「研究費で、ボールペンが買えない」
ある大学講師のツイッター上の投稿が、大きな反響を呼んだのは4年前。しかし、その後も国際的な競争の中、日本の大学の存在感は低下の一途をたどっている。そうした現状を打開しようと、政府が10兆円規模の「大学ファンド」を設立する。その運用益で、研究インフラの整備などの資金を捻出するのがねらいだ。このため「年間4%超」という高い運用目標を掲げるが、一方で失敗すれば公的な資金が失われるリスクもある。成算はあるのか?運用責任者に聞いた。(経済部記者 宮本雄太郎)

減る博士、論文シェアも低下

ビジネス特集 “10兆円”大学ファンドの船出 日本の大学衰退を救えるか | 教育

日本の大学を取り巻く環境は厳しい。
大学の運営費交付金などが含まれる「科学技術予算」は、この20年近くでほぼ横ばいだ。およそ1.3倍となったアメリカはもちろん、8倍以上に増えた中国に大きく水をあけられた。ドイツに抜かれ、韓国にも追い上げられている。

予算規模の停滞は、研究力の衰退につながっているという指摘が多い。研究力を示す指標の一つ、「被引用論文数のシェア」をみると、2000年代に入ってから日本が低下を続ける一方、中国はめざましい勢いで上昇している。


研究開発の担い手となる博士号の取得者の数を見ても、日本はじわじわ減少している。アメリカや中国が大きく増加しているほか、イギリス・ドイツ・韓国も増加傾向にあるのとは対照的だ。

博士号取得者の就職先が見つからない“ポスドク問題”や、海外では免除されることも多い博士過程の授業料の高さなどが、日本の特異な状況の原因と指摘されている。

政府主導の10兆円ファンド

危機感を抱いた政府が目を付けたのが、「大学ファンド」だ。

アメリカでは、ハーバードやイェール、スタンフォードといった名門大学が数兆円規模の運用を行う基金を持ち、運用益を研究開発費や研究者の待遇改善などに充てている。ハーバード大学は2018年度の運用益が2000億円にも達し、大学の収入全体の35%を占めた。


日本でも、東京大学をはじめ一部の国立大や私大で基金の運用が始まっているが、その規模は数十億から数百億円程度と、規模が小さい。このため、政府が公費を元手に運用を行い、先進的な取り組みを行う大学に優先的に資金を配分しようと、ファンドの設立を決めた。

元手は昨年度の補正予算や、国債で調達される財政投融資。運用資金は4兆5000億円から始まるが、近いうちに10兆円規模に拡大される方針だ。「世界的に見ても、類を見ない規模の大学ファンド」(政府関係者)となる。


その運用責任者に就任したのが、喜田昌和氏だ。喜田氏は、62兆円の資産を市場で運用する農林中央金庫の元常務で、株式や債券などを幅広く運用してきた。

公的な資金が元手となるファンドだけに、その肩には期待と重圧がのしかかる。どのような戦略で臨むのか、喜田氏に聞いた。

運用目標は「4%超」

政府は7月下旬、ファンドの運用目標を「4.38%」と定めた。年間3000億円(3%)を大学側に配分し、長期物価上昇率(1.38%)も足し上げた数字だ。

これは、年金積立金を運用する政府系ファンドのGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が定める4.0%より高い。そのため、大学ファンドが運用する資産の振り分けは、値動きの大きい株式の割合を65%まで引き上げることが認められた。

Q:「4.38%」は高い目標では?

A:リターンの水準自体は、許容されたリスク量の範囲で過度に野心的だとは思わない。ただ、トレンドとしてグローバルな成長率は落ち、金利が上がりにくい環境になっているので、従来よりリターンが出にくいことは覚悟している。

キーワードは、“局面に応じてポートフォリオ(運用資産の組み合わせ)を変えていくこと”。過度にリスクを取ることはないが、慎重になりすぎると運用目標は達成できない。調整局面でのリスクマネジメントが一番重要になるが、逡巡せずにやっていく。

最初の頃は保守的になるかもしれないが、一方でPE(未上場株)や不動産などオルタナティブ投資(上場株式や債券以外での運用)も積極的に組み入れる。それぞれの資産運用で強みを持つコアメンバーをなるべく早く集め、年内には運用チームの目鼻をつけたい。

Q:運用益を大学側に還元する時期は?

A:5年というのが一つのめど。
このファンドの最大のリスク(懸念)が、大学側に運用益を配分できないこと。また、一度配分が始まったら、来年は出さなくてもいいだろうというのはあり得ない。安定的に配分できる軌道にいかにのせるかが、私のミッションだ。

Q:収益がマイナスとなるリスクもある。どう対処する?

A:債券:株式=35:65という定められたリスクの上限の中で、柔軟に資産構成を変えていく。

(運用資産の)評価損益のぶれは必ず対峙しなければいけないわけで、まずは利回りが確定している債券や社債、配当が期待される株式などを中心に、収益をためていくことを強く意識する。

また、対外的に、こういう局面なのでこういう投資をしたんだということを、根拠を持って開示して、説明責任を果たすことに尽きる。

Q:海外では大学みずからがファンド運営の主体になっている。日本で政府系ファンドが主導する意義とは?

A:ファンド自体が主役となるのではなく、日本全体の研究開発という主業がある中で、運用はその助成を行うエンジンだ。まずは他事考慮なくリターンを上げることが目標だが、願わくば投資の高度化、理論的なノウハウや体制づくりを図って、それぞれの大学が自ら資金を運用するためのモデルとなりたい。

「大学ファンド」は、今年度中に運用を始める。

国が毎年大学に配る運営費交付金は全体で1兆円程度。もくろみどおりに、その3割に相当する金額を毎年、安定的に配分することができれば、大学の研究環境や研究者の待遇改善につながると期待される。

一方で、運用で大きな損失を被れば、大学の競争力を高める方策も失う。巨大ファンドは、重い使命を背負って船出することになる。

経済部記者
宮本雄太郎
平成22年入局
札幌局を経て経済部、現在金融業界を担当