バッハ会長の広島訪問「被爆地の政治利用」 地元市民団体が「訪問中止」を申し入れ:東京新聞 TOKYO Web
バッハ会長
来日中の国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が調整している広島市訪問は、被爆地を政治利用し被爆者を冒瀆(ぼうとく)するものだとして、地元市民団体が12日、バッハ氏の訪問中止を求めて広島県と市に申し入れた。
市民団体「東京五輪の中止を求める広島連絡会」のメンバーが県庁で担当者と面会。代表の足立修一弁護士は「新型コロナウイルス下での五輪開催強行を正当化するためにバッハ会長が『核のない平和な世界』のイメージを利用することは、被爆者に対する冒瀆」などとする申し入れ書を手渡した。
メンバーからは、東京都に新型コロナの緊急事態宣言が発令されている中での広島訪問を疑問視する声も上がった。県の担当者は「広島で感じたことを世界に発信していただくことには意義がある。防疫体制が取られているか、確認する」と応じた。
IOCのバッハ会長の広島市訪問中止を県の担当者に申し入れる足立修一弁護士(右)=12日午後、広島県庁
訪問は16日の予定で、同日にIOCのコーツ調整委員長の長崎市訪問も検討されている。
インターネットの署名専用サイトでは別団体がバッハ氏訪問中止を求める署名を呼び掛けており、1週間で8千人以上が賛同している。(共同)
「菅おろし」がやんだ自民党 東京五輪を前に主導権争いの号砲 | TECH+
政府の新型コロナウイルス対策は世論に支持されていないのに、自民党では幹部がこぞって菅義偉首相の総裁再選を支持し、「菅おろし」の声はぴたりとやんだ。挙党一致で難局に臨むといえば聞こえはいいが、一皮めくると、秋以降をにらんだ主導権争いはすでに始まっている。党内の微妙なパワーバランスの上に成り立つ菅政権は「終わりの始まり」の危うさをはらみつつ、夏の政治決戦となる東京都議選に突入する。「私は無関係」 5月17日、自民党本部で開かれた定例記者会見で幹事長の二階俊博から意外な一言が飛び出した。「1億5000万円が支出された当時、私は関係していない」。真意を確認しようとする質問に、二階は「私は関与していないということを言っているわけだ」と繰り返した。 2019年参院選の広島選挙区(改選数2)で議席独占をもくろんだ自民党は、2人目の公認候補として元法相の河井克行の妻・案里を擁立。克行らが代表を務める政党支部に党本部から1・5億円を投入し、全面支援した。しかし選挙後、大規模買収事件で案里は当選無効になり、4月25日の再選挙で自民党は敗北した。巨額資金と事件との関連は解明されていない。 19年当時も選挙を仕切る幹事長職にあった二階が「関係していない」と言ったのは、もちろんとぼけたのではない。2月で82歳になったが、ここ一番の切れ味は健在だ。会見に同席した二階側近で幹事長代理の林幹雄はこう続けた。「広島に関しては、実質的には当時の選対委員長が担当していた」 林がほのめかした相手は元経済再生担当相の甘利明。急に矢面に立たされた甘利は翌日、「党から給付された事実を知らない。1ミリも関わっていない」と苦笑交じりに記者団に語った。 常識的には二階を飛び越えて甘利が1・5億円を差配することなどあり得ない。二階と林は甘利が否定するのを織り込み済みで、責任のなすり合いを演じてみせたのだ。 それはなぜか。二階の発言を伝え聞いた閣僚経験者は当然とばかりに解説した。「そりゃ、名前を出せない人が背後にいるでしょう」 19年参院選で当時の首相・安倍晋三と官房長官の菅は、党広島県連の反発をよそに、案里陣営に肩入れした。会見での二階の発言は「まさか1・5億円問題に知らん顔するつもりではないだろうな」という2人へのブラフだったとみていい。【財務省】衆院選やコロナ「第5波」見据え、歳出圧力高まる「3A」が結集 この話には伏線がある。 5月3日にBSフジの番組に出演した安倍は、司会者から菅の評価を尋ねられてこう答えた。「本当にしっかりやっていただいている。総裁選を去年やったばかりで、1年後にまた総裁を替えるのか。当然、菅総理が継続して職を続けるべきだ」 昨年8月に安倍が退陣表明した際、いち早く菅支持を打ち出して自民党総裁選の流れを作ったのは二階だった。その功績あって、党務は二階と国対委員長の森山裕を中心に回っている。一方、乗り遅れた最大派閥の細田派と麻生派には人事などで不満がくすぶっていた。 副総理兼財務相の麻生太郎に近い衆院議員は「安倍が番組で菅支持を表明することは麻生も事前に承知していた」と明かす。安倍政権時代から麻生はことあるごとに安倍の私邸を訪ねて意見交換するなど盟友関係にある。2人が足並みをそろえて二階の機先を制した狙いは、もちろん次の党役員人事での幹事長ポストだ。 安倍の退陣後、有力な総裁候補が見当たらないのが細田派の悩み。麻生派には規制改革担当相の河野太郎というカードがあるものの、閣内で新型コロナのワクチン接種政策を担っている河野を「菅おろし」の主役にしては筋が通らない。いきおい、菅を支えつつ政権運営の主導権を握るのが安倍、麻生の共通戦略になる。 それに対し、二階にとっては幹事長にとどまり続けることこそが力の源泉だ。参院広島選挙区再選挙で「政治とカネ」の問題が党への逆風になったのは、元はといえば安倍と菅が案里を優遇したのが原因で、それを棚に上げて幹事長交代など認めるわけにはいかない。 そんな二階の思いが、1・5億円に「関係していない」という先の発言にはにじみ出ている。後日、二階は「党の組織上の責任は我々(総裁、幹事長)にある」と微妙に軌道修正したが、それ自体は大した問題ではない。 こうした中、自民党本部で興味深い会合が発足した。日本の半導体戦略を検討する議員連盟。甘利が会長を務め、安倍と麻生は最高顧問に就いた。5月21日の設立総会で、麻生は詰めかけた報道陣を見回しながらあいさつした。「A、A、A。3人そろえば何となく政局って顔だが、(記者の)期待は外れるから、間違いなく。半導体のわからん人たちはここに来てもまったく意味がない」 12年12月に発足した第2次安倍内閣は安倍、麻生、甘利と菅が政権の骨格で、それぞれの姓の頭文字を取って「3A+S」と呼ばれた。麻生はそれに引っかけて3人の影響力を誇示したのだ。 もちろん、4月の日米首脳共同声明に「半導体を含む機微なサプライチェーンについても連携する」と盛り込まれたように、半導体の確保は日米の経済安全保障上の重要課題になっている。議連の主眼はこの問題で政府を後押しすることにあるが、望むと望まざるとにかかわらず、政治的な意味合いを帯びる。その証拠に、総会に二階派幹部の姿はなかった。 やや話はそれるが、一時沈静化していた1・5億円問題が再燃したのは、参院広島選挙区再選挙の後、前政調会長の岸田文雄が党広島県連を代表して使途の説明を党本部に申し入れたことがきっかけだった。 結果として、広島を含む衆参3選挙の「全敗」に早くけりをつけたかった自民党は悪夢をずるずる引きずることになり、党関係者は「なぜ蒸し返すようなことをしたのか」と岸田の政治センスに首をかしげた。 他方では、岸田が安倍と麻生に接近して、意図的に二階に揺さぶりを仕掛けたといううがった見方もあり、総裁選に絡んで派閥領袖の思惑は交錯している。【厚生労働省】感染拡大防止へ、歯科医のコロナワクチン接種も可能に入管法改正を一転断念 菅政権の求心力低下は国会対策にも表れた。外国人の在留管理を厳格化する入管法改正案の衆院審議が大詰めを迎えていた5月18日、政府・与党は突然、今国会での成立を断念した。継続審議扱いになる見通しだが、秋までに衆院が解散されるため、事実上の廃案にほかならない。 改正案は、国外退去処分を受けた外国人が入管施設に長期収容されている問題を解消するのが目的だった。送還まで支援者や弁護士らの監理の下に施設外で生活できる「監理措置」を設けた半面、同じ内容の難民認定申請を3回以上した場合は申請手続き中でも送還できるようにした。入管行政に対する世論の批判に配慮し、硬軟両様の対策を盛り込んだのが特徴だ。 しかし、政府が改正案を閣議決定した後、名古屋出入国在留管理局の施設に収容中のスリランカ人女性が3月に死亡。体調不良を訴えていたにもかかわらず、適切な治療が受けられなかった疑いがあるとして、野党は法務省に監視カメラの映像開示を要求した。 今国会での成立を目指す与党は、開示の代わりに法案修正で立憲民主党など野党の軟化を促したが、5月14日夜、合意寸前で協議は決裂。森山ら自民党国対幹部からは「来日した遺族へのポーズに過ぎなかったのか」と野党への批判が噴出し、週明けに衆院法務委員会で採決する方針をいったんは固めた。 それがあっさりひっくり返ったのは、報道各社の週末の世論調査で、政府の新型コロナ対策への不満から内閣支持率が軒並み低下したことが大きかった。 先述したように改正案には非正規滞在の外国人の処遇改善につながる部分があり、実は野党も「局地戦には勝ったが、長期的な評価は難しい」(立憲民主党議員)と、与党に成立を断念させたことを手放しでは喜んでいなかった。裏を返せば、政権に勢いがあるときなら、与党には強気で採決に臨む選択肢もあっただろう。 ただ、公明党は強行採決だけは回避したいのが本音だった。参院法務委員会の委員長は同党の山本香苗。万が一、採決時に荒れる場面がニュースで繰り返し報じられたら、東京都議選(6月25日告示、7月4日投開票)に悪影響が出ると懸念したからだ。 それだけではない。新型コロナの収束に一丸となるべき場面なのに、政権には末期症状ともいえる緩みが目立ち始めた。 副防衛相の中山泰秀は5月20日、参院外交防衛委員会に遅刻し、流会になった。その1週間前には副厚生労働相の三原じゅん子が参院厚労委に遅刻し、菅が19日の参院本会議で「今後このようなことが起こらないよう、政府全体で気を引き締めて国会対応に当たる」と陳謝したばかりだった。 官房長官の加藤勝信は20日、副大臣と政務官を急遽、首相官邸に集め、「このような形で注意喚起するのは極めて異例のことだと強く認識していただきたい」と苦言を呈した。【外務省】積極的な「ワクチン外交」で存在感発揮へ小池の次の一手は? 有力な「ポスト菅」候補がいないせいで、自民党内では衆院選前の総裁交代論は高まっていない。しかし、菅が「安倍・麻生ライン」と「二階・森山ライン」の一方に重心を移せば政権はたちまち不安定化する。それを見越して、二階派幹部は「幹事長は誰でもできるわけではない。二階さんのような人がほかにいるのか」と菅をけん制している。 衆院解散・総選挙は秋の可能性が極めて高く、都議選はその前哨戦になる。4月の衆参3選挙を落とした菅にとっては負けられない戦いだ。 自民党は昨年の都知事選に独自候補を立てず、知事の小池百合子と敵対しない戦術に転じた。さらに、17年都議選で都民ファーストの会と組んだ公明党が今回は自民党と選挙協力する。議席回復に向け、二階を中心に着々と手は打ってきた。 それでも主役はやはり小池だ。なかなか都議選への態度を表明しない小池を巡って、永田町では「東京五輪中止を宣言して世論を味方につけるのでは?」「自民党から国政復帰するつもりだ」などと臆測が飛び交い、二階は「(都知事選を)1人で戦って勝利を収めたことを大いに評価したい」と小池とのパイプを誇示する。 菅は党内実力者の政治的駆け引きを横目でにらみつつ、高齢者へのワクチン接種を早急に完遂させるという二正面作戦を強いられている。首相再選へのハードルはなお高いと言わざるを得ない。 (敬称略)【政界レポート】菅の政権運営を左右する6月 全てはワクチン次第か……
「五輪辞退して」アスリートをアゴで使うネット民の”無神経”と政治家の”汚れた思惑” 選手襲う日本的同調圧力の理不尽 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
「とても苦しい」。東京五輪・競泳の代表内定選手・池江璃花子さんがSNSで見知らぬ人から寄せられた「五輪辞退要請」のメッセージへの苦悩を吐露した。スポーツライターの酒井政人さんは「五輪アスリートはみな命を削って代表切符を手に入れた。いくらコロナ感染の恐怖があったとしても、選手に圧力をかけるような言動は許されてはならない」と警鐘を鳴らす――。
写真=時事通信フォト
女子50メートルバタフライ予選、スタート直前の池江璃花子(ルネサンス)=2021年4月10日、東京アクアティクスセンター
20歳の女子アスリートに「苦しい」と言わせる人の無神経さ
東京五輪の開幕まで約70日。競泳の池江璃花子(ルネサンス)の“告白”が世間をザワつかせている。「日本代表辞退」や「東京五輪への反対」を要請するメッセージが自分に寄せられたことをツイッターで明かしたからだ。
池江はツイッターで次のように綴っている。
〈いつも応援ありがとうございます。Instagramのダイレクトメッセージ、Twitterのリプライに「辞退してほしい」「反対に声をあげてほしい」などのコメントが寄せられている事を知りました。もちろん、私たちアスリートはオリンピックに出るため、ずっと頑張ってきました。ですが、期待に応えたい一心で日々の練習をしています。オリンピックについて、良いメッセージもあれば、正直、今日は非常に心を痛めたメッセージもありました。この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです。長くなってしまいましたが、わたしに限らず、頑張っている選手をどんな状況になっても温かく見守っていてほしいなと思います〉(原文ママ)
池江は白血病による長期療養を経て東京五輪代表内定を決めた。控えめに言って「奇跡の復活」を果たした人に対して、直接“刃のようなメッセージ”を送りつけ、「とても苦しい」と言わせてしまう……本当に残念としか表現のしようがない。
コロナ禍で、誰もが感染の恐怖を感じ、自粛生活を強いられ、病床も依然不足していて、ワクチン接種はいつになるかわからない。勤務する会社の業績も低迷の一途で、給料は減るばかり。そんな強い不安と不満がひとりのアスリートに向かったということだろうか。
アスリートに取材すると、SNSに送られるダイレクトメッセージやリプライは応援メッセージが大半だという。だが時折、今回のように目にしたくないコメントを寄せられることもある。誹謗中傷のメッセージを送りつけるアカウントは個人を特定できないようなものが多い。プロフィールがほとんど書かれておらず、フォロワー数も非常に少ない。いつでも“逃亡”できるようにサブアカウントを使っている場合もある。
要はメッセージに覚悟も信念もないのだ。そんな無責任な言葉を池江は真に受けなくてもよかったが、根がマジメで純粋な選手ほど「期待に応えたい」と正面から受け取ってしまう。
単なる成功者ではなく、下積みの長い苦労人だった源頼朝<鎌倉殿をめぐる人々>:東京新聞 TOKYO Web
文化面で月1回の新連載「鎌倉殿をめぐる人々」が始まりました。筆者は、来年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の時代考証も担当する坂井孝一・創価大教授(日本中世史)です。タイトル通り、毎回、鎌倉幕府を彩る人物を取り上げる連載で、ドラマの予習はいかがでしょうか。第1回「源頼朝」をWebで公開します。5月17日夕刊(一部地域は同18日朝刊)掲載予定の第2回以降は紙面でお楽しみください。
鎌倉時代の1319(文保3)年の胎内銘がある「木造源頼朝坐像(ざぞう)」。昨年からの修復を終え、欠損していた玉眼が入った=甲府市の甲斐善光寺所蔵(同寺提供)
本日から「鎌倉殿をめぐる人々」という連載を担当させていただく。ご存じの読者もいらっしゃると思うが、筆者は来年放送のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の時代考証を任され、チーフとして考証作業を進めている。そこで、ドラマを存分に楽しんでいただくために、鎌倉殿をめぐる東国武士や京下りの貴族、さらには女性たちを取り上げて、ネタバレにならない範囲で歴史学の成果をご紹介することにした。誰を、どのタイミングで取り上げるかは今後のお楽しみであるが、第1回はやはり最初の「鎌倉殿」源頼朝であろう。
「鎌倉殿」とは「鎌倉の主」のことである。鎌倉殿と主従関係を結んだ人が「御家人」。武芸を以(もっ)て仕える「武士」が大多数であるが、文筆の才で仕える「文士」の御家人もいた。大江広元(おおえのひろもと)や三善康信(みよしやすのぶ)が有名である。鎌倉幕府は武士と文士の御家人が鎌倉殿を推戴した政権といえる。建久(けんきゅう)3(1192)年、頼朝が朝廷から征夷大将軍に任命され、代々の鎌倉殿が将軍となったため、幕府の首長は将軍だと考える方が多いと思う。しかし、将軍はあくまで朝廷の官職。幕府を支える御家人たちが主人を指して呼んだ語は鎌倉殿であった。
最初の「鎌倉殿」頼朝は、一般には武家政治を創始した偉大な政治家、肉親の義経(よしつね)や範頼(のりより)を容赦なく葬った冷酷な独裁者と捉えられている。ただ、それは頼朝の一面しか捉えていない。治承(じしょう)4(1180)年8月の挙兵から建久10(1199)年1月の急死までは18年数カ月。一方、平治の乱後の永暦(えいりゃく)元(1160)年3月、伊豆国に流されてから挙兵までは20年数カ月。挙兵後より流人時代の方が長い。もちろん辛(つら)く悔しい思いも味わった。頼朝は単なる成功者ではなく、いわば下積みの長い苦労人だったのである。
ところで、頼朝の配流地は狩野川(かのがわ)流域の北条(ほうじょう)に程近い蛭ヶ小島(ひるがこじま)だったとされている。流人時代について記した文学作品『曽我物語』や『平家物語』がそう書いているからである。しかし、『曽我物語』『平家物語』は、伊豆東岸に本拠を持つ平家の家人伊東祐親(いとうすけちか)から頼朝がひどい仕打ちを受けたエピソードも載せている。大番役(おおばんやく)(各地の武士が交代で3年間、院や天皇の御所を警備する役)で祐親が伊東を留守にした際、頼朝は美女の誉れ高い祐親三女に思いを寄せ、男の子「千鶴(せんつる)」を産ませた。親の居ぬ間に、である。伊東に戻った祐親は激怒し、平家への聞こえを恐れて千鶴を殺害。娘を北条の狩野川対岸に位置する江間(えま)の領主と再婚させた。頼朝が悲しみ憤ったことはいうまでもない。配流地が伊東氏の本拠だったことを示す悲劇である。なお、『曽我物語』『平家物語』は祐親三女の名前を明らかにしていないが、在地の伝承によれば彼女は「八重姫」と呼ばれていたという。
トラブルの末、頼朝は北条時政(ときまさ)の庇護(ひご)下に入り、5年ほど流人生活を続ける。この期間の居所が蛭ヶ小島だったのであろう。そして、時政の娘政子(まさこ)と結婚し、長女(大姫(おおひめ))をもうけた頼朝に束の間の平和が訪れた。ただ、歴史は頼朝を放ってはおかなかった。
治承4年8月、一か八かの挙兵に踏み切った頼朝は石橋山(いしばしやま)の合戦で大敗するも、奇跡的な再起を果たし、同年12月、東国武士に推戴されて「鎌倉殿」となった。個性豊かな東国武士たちをまとめる上で、長く苦しい下積みの流人時代に培った人心掌握術が役立ったことは間違いない。頼朝は単に運がいいだけの薄っぺらな成功者ではなかったといえよう。
▽坂井孝一(さかい・こういち) 1958年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得。博士(文学)。創価大教授。専門は日本中世史。『源氏将軍断絶―なぜ頼朝の血は三代で途絶えたか』(PHP新書)、『承久の乱―真の「武者の世」を告げる大乱』(中公新書)など著書多数。愛猫家。