ビジネス特集 まさか、駅のアナウンスで ~障害者“痴漢被害”の現実~ | NHKニュース
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「業務放送。お客様ご案内、3号車。降車駅は○○駅」。駅のホームで流れるこんなアナウンス、聞いたことはありませんか。車いすの利用者や視覚障害者が、電車のドアに挟まれたりしないようにするため、「乗った車両」「降りる駅」、そして「乗り降り完了」の3つの情報を車掌や駅員が共有するためのものです。しかし、この“安全を守るためのアナウンス”が悪用され、障害者への性被害が相次いでいるのです。(経済部記者 真方健太朗)
つきまとい被害 女性の告白
駅のアナウンスがきっかけで、つきまといの被害を受けた女性です。今回初めて、NHKの取材に苦しみ続けてきた胸の内を明かしてくれました。被害にあったのは11年ほど前、自宅付近にスーツ姿の男がいることに気付いたといいます。「なんとなく見覚えがある気がするな…」そんな思いが頭をよぎりましたが、面識は全くありません。しかし、男のつきまといは、その後も1年余り続きました。ある日、男と鉢合わせになった女性。警察に相談すると、夜中に自宅の窓ガラスに大きな石が3つ投げ込まれたといいます。
被害を受けた女性「一瞬、何事かわからなかったんですけど、ガラスが割れて家の中に石が入ってきました。昼間でカーテン開けていたら、けがをしていたかもしれません」
男の供述 “駅のアナウンスであとをつけた”
その後、男は警察に逮捕されましたが、その供述は驚くべきものでした。警察の調べに対して「駅のアナウンスを聞いて女性の降りる駅を特定した。待ち伏せして自宅まであとをつけた」と話したというのです。
「びっくりしたというか、そんなことがあるんだと。どうしようか、また起こるんじゃないか、私以外にも起こるんじゃないか。そればかりを考えていました」
それ以来、女性は電車で1人になることに恐怖を感じるようになりました。特に夜の電車に乗らないようにするため、食事や飲み会に誘われても断るようになったといいます。
「電車に乗るのはいまでも怖いです。いつになっても怖いです。怪しい人が来ても私たちは逃げられません。電車を乗り降りする際にはスロープがないと逃げられませんから。ただでさえ、車いすの人は『邪魔だ』とか『ここは車いすスペースじゃないだろう』って怒られることがあるから、電車の移動中は常に緊張しているんです。起こった被害というのは、忘れることのできない一生の苦しみです」
性被害は30件以上も
長いあいだ、被害のことを誰にも話せなかった女性。しかし、周りの人たちに少しずつ自分の体験を打ち明けると「同じような被害を受けた」という相談が相次いで寄せられるようになりました。女性はことし、みずからも所属している障害者団体「DPI日本会議」と協力して被害の実態を調査しました。すると駅のアナウンスを悪用した痴漢やつきまといなどの被害が、これまでに30件以上もあることがわかったのです。
車いすの利用者「『ここだ!』とスーツ姿の男性が乗ってきた.ぴったり後方にくっついてきて下着の色を聞かれたり、卑わいなことを繰り返された」車いすの利用者「アナウンスはしないでくださいと頼んだのに、それでは乗せられないと断られた。酔った男性が飛び乗ってきて『いた!手伝ってあげようと思って走ってきたよ、○○駅でしょ?』と言いながら繰り返し足をさすられた」視覚障害者「車両のドアのところで外側を向いて立っていたら、『いたいた!手伝ってあげるよ』と言いながら後方に回り、ぴったり迫り、もぞもぞされ、荒い息をされた」
障害者の安全を守るためのアナウンスが悪用されていたという現実。女性は大きなショックを受けました。
「私たちに必要だと思ってアナウンスしていたことが悪用され、先回りしてあとをつけたり、わざわざ乗った車両を見つけ出して卑わいなことしたりしている。この現実を受け止めることができませんでした。被害を受けたからといって、アナウンスが必要な人もいるんじゃないか、自分勝手なことは言ってはいけないのではないかという考えもありました。ただ、もはや『安全のためが安全じゃなくなっている』と思ったんです」
“行動を起こさなければ”
「行動を起こさなければ」女性は被害者一人一人に寄り添い、了解が得られた12人分の被害事例をまとめました。そして障害者団体はことし7月、アナウンスの情報が悪用されているとして、対応を求める要望書を、被害事例とともに国土交通省に提出。国土交通省は、アナウンス以外の情報共有の方法も検討するよう鉄道各社に求めました。
「DPI日本会議」佐藤聡 事務局長「これはもう確実にアナウンスによって引き起こされている問題なので、一刻も早くやめてほしいです。日本の鉄道って安全な乗り物だと思うんですよ。鉄道事業者はすごく安全に気を配ってやってくださっているので、こういう被害が起きているのが分かったのなら改善してもらって、障害者も心配なく乗れるように変えてほしいです」
鉄道各社は対策へ
要望を受けて鉄道各社は対策に乗り出しています。JR東日本の深澤祐二社長は、9月の記者会見で、首都圏の駅で行っているアナウンスを原則、廃止できないか検討する方針を明らかにしました。
アナウンスの代わりに使おうとしているのが、「タブレット端末」です。駅の改札で、障害者から「降りる駅」の情報を事前に聞き、「乗る車両」とともに端末に入力。すると、「降りる駅」の駅員と情報を共有できる仕組みです。
一部の路線で使っているタブレット端末を、今後、ほかの路線にも拡大し、アナウンスの一部を廃止したいとしています。
アナウンスやめたいけど…
ただ、すぐにやめることができないのが「乗り降り完了」のアナウンスです。その理由は首都圏特有の長い列車編成と、乗降客の多さ、そして過密なダイヤにあります。今回取材したJR田端駅は、山手線の中では利用者が少ないほうですが、朝の8時から9時台は通勤ラッシュで混雑し、停車時間は30秒です。
車掌は、このわずかな間に、ホームの様子が映るモニターで安全を確認しながら発車メロディーを流したり、ドアの開閉作業を行ったりしていて、タブレットを使う余裕はないというのです。
さらに、10両編成以上になるとホームの長さは200メートルを超え、ホームの一部が湾曲して見通しが悪いところもあります。NHKがJRや私鉄大手など全国35の鉄道事業者に取材したところ、アナウンスを行っているのは、9月末の時点で「15」の事業者。利用者が多い首都圏や関西圏の事業者を中心にアナウンスが行われていました。
JR東日本サービス品質改革部 佐久間晋副課長「放送を悪用するというのは、許しがたい行為だと思います。ただ、アナウンスを全面的にやめてしまうと、お客様に安心してご利用いただく環境を提供するのが難しくなってしまうんじゃないかと懸念しています。難しいところはありますが、障害のあるお客様に安心してご利用いただける環境を作るのは当社としても重要だと考えていますので、見直すことができないか、検討していきたいと思います」
“見て見ぬふり”しないで
つきまといの被害に遭った女性。今回の調査を行う中で気になることがあったといいます。それは、被害者が勇気を出して助けを求めても、周囲が無関心だったという声が複数あったことです。
車いすの利用者「電車内で男からずっと声をかけられた。やめてくださいと言っているのに周囲の人は誰も助けてくれなかった」車いすの利用者「大きな声を出しても周囲の人は聞こえないふりをしているように感じた」
女性は、周囲の乗客が見て見ぬふりをしなければ、防げる被害もあったのではないかと感じています。
被害にあった女性「声は聞いていたはずなのに、『大丈夫ですか』という声をかけてはもらえなかった事はショックでした。車いすで電車に乗ると、スペースを譲ってくださる方がいますが、多くはただ、すーっと避けていくだけなんです。『ここ、どうぞ』って声をかけてもらえれば、『ありがとうございます』ってその方と対話ができるのに、なんで声に出してくれないのかなと思うことが多いんですね。ただ、『ひと言ことばを交わしたら、きっと社会が変わるんじゃないか』と思うことが多いんです」
あなたのそのひと言で
実は今回の取材、きっかけは東京パラリンピックでした。都内の駅のほとんどにエレベーターが設置され、ホームと電車の隙間を狭くする工事も行われるなど、東京パラリンピックに向けて物理的なバリアフリーが進んでいました。しかし、その感想を障害者団体の方に尋ねたところ、返ってきたのが意外な答えだったのです。「バリアフリーが進んだことはとてもうれしい。ただ、ある理由で電車に乗るのことができなくなっている人もいる」そして駅のアナウンスを悪用した性被害が起きていることを、私に伝えてくれました。「日本ではさまざまな人がコミュニケーションを取って支え合う『心のバリアフリー』が遅れている」専門家はそう指摘しています。困っている人がいたら、ひと言、声をかける。そこから始めてみませんか。
経済部 記者 真方健太朗帯広局、高松局、広島局を経て現所属。国土交通省で鉄道や航空業界の取材を担当。
ビジネス特集 “10兆円”大学ファンドの船出 日本の大学衰退を救えるか | 教育
「研究費で、ボールペンが買えない」ある大学講師のツイッター上の投稿が、大きな反響を呼んだのは4年前。しかし、その後も国際的な競争の中、日本の大学の存在感は低下の一途をたどっている。そうした現状を打開しようと、政府が10兆円規模の「大学ファンド」を設立する。その運用益で、研究インフラの整備などの資金を捻出するのがねらいだ。このため「年間4%超」という高い運用目標を掲げるが、一方で失敗すれば公的な資金が失われるリスクもある。成算はあるのか?運用責任者に聞いた。(経済部記者 宮本雄太郎)
減る博士、論文シェアも低下
日本の大学を取り巻く環境は厳しい。大学の運営費交付金などが含まれる「科学技術予算」は、この20年近くでほぼ横ばいだ。およそ1.3倍となったアメリカはもちろん、8倍以上に増えた中国に大きく水をあけられた。ドイツに抜かれ、韓国にも追い上げられている。
予算規模の停滞は、研究力の衰退につながっているという指摘が多い。研究力を示す指標の一つ、「被引用論文数のシェア」をみると、2000年代に入ってから日本が低下を続ける一方、中国はめざましい勢いで上昇している。
研究開発の担い手となる博士号の取得者の数を見ても、日本はじわじわ減少している。アメリカや中国が大きく増加しているほか、イギリス・ドイツ・韓国も増加傾向にあるのとは対照的だ。博士号取得者の就職先が見つからない“ポスドク問題”や、海外では免除されることも多い博士過程の授業料の高さなどが、日本の特異な状況の原因と指摘されている。
政府主導の10兆円ファンド
危機感を抱いた政府が目を付けたのが、「大学ファンド」だ。アメリカでは、ハーバードやイェール、スタンフォードといった名門大学が数兆円規模の運用を行う基金を持ち、運用益を研究開発費や研究者の待遇改善などに充てている。ハーバード大学は2018年度の運用益が2000億円にも達し、大学の収入全体の35%を占めた。
日本でも、東京大学をはじめ一部の国立大や私大で基金の運用が始まっているが、その規模は数十億から数百億円程度と、規模が小さい。このため、政府が公費を元手に運用を行い、先進的な取り組みを行う大学に優先的に資金を配分しようと、ファンドの設立を決めた。元手は昨年度の補正予算や、国債で調達される財政投融資。運用資金は4兆5000億円から始まるが、近いうちに10兆円規模に拡大される方針だ。「世界的に見ても、類を見ない規模の大学ファンド」(政府関係者)となる。
その運用責任者に就任したのが、喜田昌和氏だ。喜田氏は、62兆円の資産を市場で運用する農林中央金庫の元常務で、株式や債券などを幅広く運用してきた。公的な資金が元手となるファンドだけに、その肩には期待と重圧がのしかかる。どのような戦略で臨むのか、喜田氏に聞いた。
運用目標は「4%超」
政府は7月下旬、ファンドの運用目標を「4.38%」と定めた。年間3000億円(3%)を大学側に配分し、長期物価上昇率(1.38%)も足し上げた数字だ。これは、年金積立金を運用する政府系ファンドのGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が定める4.0%より高い。そのため、大学ファンドが運用する資産の振り分けは、値動きの大きい株式の割合を65%まで引き上げることが認められた。
Q:「4.38%」は高い目標では?A:リターンの水準自体は、許容されたリスク量の範囲で過度に野心的だとは思わない。ただ、トレンドとしてグローバルな成長率は落ち、金利が上がりにくい環境になっているので、従来よりリターンが出にくいことは覚悟している。キーワードは、“局面に応じてポートフォリオ(運用資産の組み合わせ)を変えていくこと”。過度にリスクを取ることはないが、慎重になりすぎると運用目標は達成できない。調整局面でのリスクマネジメントが一番重要になるが、逡巡せずにやっていく。最初の頃は保守的になるかもしれないが、一方でPE(未上場株)や不動産などオルタナティブ投資(上場株式や債券以外での運用)も積極的に組み入れる。それぞれの資産運用で強みを持つコアメンバーをなるべく早く集め、年内には運用チームの目鼻をつけたい。
Q:運用益を大学側に還元する時期は?A:5年というのが一つのめど。このファンドの最大のリスク(懸念)が、大学側に運用益を配分できないこと。また、一度配分が始まったら、来年は出さなくてもいいだろうというのはあり得ない。安定的に配分できる軌道にいかにのせるかが、私のミッションだ。
Q:収益がマイナスとなるリスクもある。どう対処する?A:債券:株式=35:65という定められたリスクの上限の中で、柔軟に資産構成を変えていく。(運用資産の)評価損益のぶれは必ず対峙しなければいけないわけで、まずは利回りが確定している債券や社債、配当が期待される株式などを中心に、収益をためていくことを強く意識する。また、対外的に、こういう局面なのでこういう投資をしたんだということを、根拠を持って開示して、説明責任を果たすことに尽きる。
Q:海外では大学みずからがファンド運営の主体になっている。日本で政府系ファンドが主導する意義とは?A:ファンド自体が主役となるのではなく、日本全体の研究開発という主業がある中で、運用はその助成を行うエンジンだ。まずは他事考慮なくリターンを上げることが目標だが、願わくば投資の高度化、理論的なノウハウや体制づくりを図って、それぞれの大学が自ら資金を運用するためのモデルとなりたい。
「大学ファンド」は、今年度中に運用を始める。国が毎年大学に配る運営費交付金は全体で1兆円程度。もくろみどおりに、その3割に相当する金額を毎年、安定的に配分することができれば、大学の研究環境や研究者の待遇改善につながると期待される。一方で、運用で大きな損失を被れば、大学の競争力を高める方策も失う。巨大ファンドは、重い使命を背負って船出することになる。
経済部記者宮本雄太郎平成22年入局札幌局を経て経済部、現在金融業界を担当
ビジネス特集 線路跡に温泉? シモキタ式のまちづくりとは | 新型コロナ 経済影響
演劇や古着の街として知られる、東京・下北沢、通称「シモキタ」。「開かずの踏切」に象徴される雑多な街並みが魅力でしたが、近年は鉄道の地下化にともなって商業施設やホテル、温泉旅館など新しいスポットが次々と誕生し、駅前の風景は様変わりしています。シモキタの大胆な変貌は、いったいどう進められてきたのか。そしてこれからのシモキタは、どう変わっていくのでしょうか。(経済部記者 真方健太朗)
シモキタはどう変わった?
小田急線と京王井の頭線が交差する東京・世田谷区の下北沢駅。改札を出て新宿方面に5分ほど歩くと、従来のシモキタらしからぬ建物が見えてきます。白を基調とした外観。周囲には木々が植えられ、海外の高級住宅街のような雰囲気。8年前に地下化された鉄道の線路の跡地に、ことし6月に開業した商業施設です。開発した鉄道会社の担当課長、橋本崇さんに現場を案内してもらいました。
記者「従来のシモキタのイメージとはずいぶん違いますよね?」橋本さん「いえいえ、シモキタらしい、店主の顔が見える施設なんですよ」
この施設は24の店が入る予定ですが、雑貨店に古着店、カレー店などほとんどが個人商店です。近年、街にチェーン店が増えてきて下北沢の魅力が失われつつあるという地域の声を反映させました。
線路の跡地には、このほかにも、箱根から温泉を運んでくる温泉旅館や、学生や若手の社会人が共に学びながら生活するユニークな施設など、ちょっと変わったスポットが並びます。これらは、開発主体の鉄道会社と、地域の住民とがアイデアを出しながら、「支援型開発」というコンセプトのもとで整備を進めてきました。
橋本さん「住民のみなさんが街で実現したいことを鉄道会社が支援する。これがシモキタ式のまちづくりだと思っています」
かつては激しい反対運動
下北沢のまちづくりは、長い対立の歴史でもあります。かつて激しい反対運動が行われ、住民を二分する議論になっていました。小田急線の地下化が決まった2003年頃。地下化と同時に進められようとしていた世田谷区による駅前の開発計画に批判が集まりました。
下北沢駅は、当時も今も、車が通る幹線道路からは奥まった場所にあり、マイカーやタクシーが近づくことはほとんどありません。当時の開発計画は、駅前にバスのロータリーや幅26メートルの道路を新たに建設するというもの。これによって車は通りやすくなりますが、劇場や一部の飲食店は立ち退きが必要でした。
当時、反対運動の中心だった下平憲治さんとミュージシャンの六弦詩人義家さんに話を聞きました。下平さんは2003年に住民団体の「Save the 下北沢」を立ち上げ、デモや行政への要望活動を行ってきました。六弦詩人義家さんは、この問題について音楽や映画を通じて発信するイベント「SHIMOKITA VOICE」の実行委員長を務めています。リリー・フランキーさんや柄本明さんなど演劇界の著名人も反対運動に賛同しました。
記者2人は、なぜ開発事業に反対したのですか?下平さん「シモキタは自由に歩き回れるのが魅力。道路ができたら街が壊されてしまう」六弦詩人義家さん「人が集まってくるかっこいい街がシモキタです。路地裏文化は守っていきたい」
一方で、反対運動と距離を置く住民も多くいました。下北沢は狭い路地の雰囲気が魅力ですが、火事や大地震などの災害時に消防車などの緊急車両が近づけないおそれがあります。また、鉄道の線路が街を南北に分断し、「開かずの踏切」による混雑も課題でした。6つの商店街で作る下北沢商店連合会の会長を務める柏雅康さんは、賛成と反対で街が二分され、将来の方向性がなかなか決まらないことで、閉塞感が漂っていたと話しています。
柏さん「開発するのかしないのか、早く決めないとなにも身動きがとれないという気持ちでした」
街の将来を決める開発事業に住民の声が届かない。住民の不安は、小田急電鉄の線路跡地の開発にも向けられました。2013年に線路の地下移設が完了し、東北沢、下北沢、世田谷代田の3つの駅にまたがる広大な空き地をどうするのかが焦点になりました。2014年ごろから、跡地利用を考える行政の説明会が頻繁に開かれるようになりましたが、開発の主体である小田急電鉄の担当者は顔は見せないままでした。地下工事完了後、6年間も具体的な計画が決まらなかったのです。
対立から協働へ
2017年に線路跡地開発の担当課長になったのが、冒頭で案内してくれた橋本さんです。計画が進まない事態を打開しようと、住民が主催するまちづくりの会議に参加しました。当時、会社として公式に地域の住民の前に立つのは初めてのことでした。激しい反対運動を行ってきた住民など50人あまりを前に、どんな批判を浴びせられるのか不安だったと言います。
しかし、意外なことに住民からはまちづくりへの具体的な提言が相次ぎました。「みんなが気持ちよく歩ける緑地を作ろう」「シモキタには宿泊できる場所がないから旅館が必要ではないか」「下北沢の住民はただ反対しているのではない。まちづくりでやりたいことがあるのだ」ーーー橋本さんは、こう確信し、住民との対話を深めました。反対運動を先導してきた下平さんとも街の未来を語り合うようになりました。そして商店街が開く、流鏑馬や盆踊りなどのイベントにも会社として積極的に協力するようになりました。こうした中から、住民の声を開発側が後押しする「支援型開発」のコンセプトが生まれ、対立から協働へと舵が切られたのです。冒頭で紹介した商業施設や温泉旅館はこうした住民の声から生まれました。
シモキタ式のまちづくりとは
今回取材した人たちが共通して語っていたのは、街の個性が失われることへの危機感。日本では、駅前の開発で大きなビルができてチェーン店が入る「便利だけど似たような街」が多く見られます。シモキタに関わる人たちは、「似たような街」と同じにならないまちづくりをめざして、努力を続けたいと話します。
反対運動の中心だった下平さん「シモキタは壮大なる社会実験の場です。成熟した住民が声を上げて人を惹きつける街にし続けられるか挑戦したい」下北沢商店連合会の柏さん「シモキタはおもちゃ箱のような街。これを賛成派も反対派もなく住民で連携して守っていきたい」
一方で、鉄道会社の橋本さんは、新型コロナウイルスの影響で、鉄道会社が通勤や通学で稼ぐ時代は終わりを迎えた、まちづくりの転換点が10年早まったと指摘します。「電車に乗らなくても住民が住み続けたいと思う街にして、それに鉄道会社が貢献することが重要です。シモキタはそういう意味では最も先進的な街です」下北沢の開発は、これですべて丸く収まったわけではありません。世田谷区や小田急電鉄の開発をめぐって、反対派の住民との議論は、今も続いています。住民が自分たちの将来の姿を積極的に考える「シモキタ式のまちづくり」は、これからの下北沢をどう変えていくのでしょうか。
経済部記者真方 健太朗帯広局、高松局、広島局を経て、現在国土交通省を担当
キーワードは「メンタルへルス」と「癒し」 『Forbes JAPAN』Web編集長の谷本さんが注目す…|テレ東プラス
2021年6月12日、13日にテレビ東京、テレビ東京コミュニケーションズ、プロトスター株式会社が主催のビジネスカンファレンス「Reversible World 2021 ~世界を変える挑戦者たち~ Great Impact Award」が開催されます。テーマは「新しい世界の次のスタンダードが集まる場」。優れた起業家と優れた製品・サービスを一般投票と審査員投票で表彰するアワードを中心に、様々なセッションを行います。今回は優れた製品・プロダクトを表彰する「Great Product 30」にちなんで、審査員を務めた『Forbes JAPAN』Web編集部 編集長の谷本有香さんに「思い入れのある製品・プロダクト」や「注目しているノミネート作品」についてお話を伺いました。【谷本有香 プロフィール】Forbes JAPAN Web編集長。Bloomberg TV、日経CNBCを経てフリーランスに。トニー・ブレア元英首相やスターバックス創業者、スティーブ・ウォズニアック氏をはじめ、 3,000人を超える世界のVIPにインタビュー。 現在は報道番組のコメンテーターや、政府系スタートアップコンテスト、オープンイノベーション大賞の審査員など多岐に活動する。
海外の著名人にも絶賛された日本製プロダクト
――取材やイベント登壇などで、様々なプロダクトに触れてこられたと思うのですが、特に印象に残っているものはありますか?谷本有香さん(以下、谷本):ユニクロのヒートテックが登場したときは感動しましたね。「一枚着るだけでこんなに暖かくなるなんて」という衝撃が今でも忘れられません。年々機能がアップデートしているので、ずっと愛用しています。また、贈りものとしても重宝しています。仕事柄、海外の経営者やトップ層に会うことが多いのですが、手土産の中でもっとも反応がいいのはヒートテックなんですよ。――目の肥えている方々にも支持されているんですね。谷本:大統領クラスの方にもすごく喜んでいただけましたね。「本当によかったよ!」とわざわざメッセージをいただくことも。というのも、海外には機能性の高いインナーが少ないのです。都市部以外ではユニクロはまだメジャーではないので、「薄手で暖かいインナー」というのは新鮮に映るようです。――「手土産としても喜んでもらえるもの」という目線で選定するのは、編集者である谷本さんならではですね。谷本:それでいうと、「クリスメラ」という日本企業が製造している"ピアスキャッチ"も贈りものとして好評ですね。ピアスを付けたことのある人で一度は「家を出るときにピアスを付けたのに、帰ってくるときにはなくなっていた......」という悲しい経験をしたことがあるのではないでしょうか。「クリスメラ」のピアスキャッチはピアス穴に差し込むと固定されて外れにくくなるというものなので、ピアスを落とす心配がありません。「ピアスはなくしやすい」というのは世界共通の悩み。海外の要人はイベントの際に奥様を同席させることが多いので、奥様に向けたプレゼントとしてお渡ししています。(クリスメラ公式HPより)――谷本さんも愛用しているのでしょうか。谷本:もちろん。最初は「ピアスキャッチだけで数千円!?」と驚きましたが、使ってみたらとてもよくて。今でも、ピアスを買ったらすぐに「クリスメラ」に取り換えています。自分が実際に使っていて、日本の高い技術力でできているプロダクトというのは、人に贈ったり薦めたりしたくなりますし、思い入れも強いですね。
技術者も応援したくなる「ファーメンステーション」のコスメ
――「ヒートテック」や「クリスメラ」は以前から愛用されているとのことでしたが、最近気になっているプロダクトはありますか。谷本:「FERMENSTATION(ファーメンステーション)」というオーガニックコスメです。食品工場から出る、いわゆる"食品ロス"に発酵技術を駆使することで、高品質なエタノールを作成するというもの。そのエタノールで作られたハンドスプレーや化粧品を販売しています。デザイン性の高さや品質そのものの良さも魅力なのですが、独自の発酵・蒸留技術は研究者に絶賛されています。「この技術を広めたい!」と、自ら農家に紹介する技術者もいるようです。――研究者も認めるプロダクトというのは消費者目線でも安心できますね。谷本:製造している会社はベンチャー企業ということもあり、広告に予算を割くのが難しい。その中で、技術者のような目利きの人たちによる口コミや応援で商品の魅力が広がっているのは素敵ですよね。「自身がマーケターとなって売り込みたい」と周囲に思ってもらえるプロダクトに今後注目が集まるのではと思っています。
キーワードは「癒し」 AIペット型ロボットがメンタルヘルスに与えるもの
――谷本さんは、常に新しい製品の情報に囲まれていらっしゃると思いますが、その中でも特に「これからトレンドになりそう」と思うものは?谷本:AIペット型ロボットですね。ずっと注目していて、いつかムーブメントを起こしたいといろいろなところに掛け合っています。きっかけは2021年1月に開催されたデジタル見本市「CES2021」。そこで開催された「Best of Innovation Award」(ベスト・オブ・イノベーション)に、Vanguard Industries 株式会社の手掛ける「MOFLIN(モフリン)」が選ばれました。今までCESでは機能性や合理性を重視したものが選ばれる傾向にありました。「モフリン」も高齢者の認知症予防や子どもの知育という実用的な面がありつつ、「癒しが生活を豊かにしてくれる」という趣味的な面でも評価されたのだと思います。――なぜ、「癒し」が求められるようになったのでしょうか。谷本:新型コロナウイルスの感染拡大により、世界規模でメンタルヘルスが大きな課題になりました。その結果、「役に立つか否か」だけではなく、「いかに心を癒せるか」にフォーカスがあたる時代になっているのではないでしょうか。私も膝の上にAIペット型ロボットを置いて仕事をしていますが、本当にかわいくて幸せな気持ちになります。
「IT×アート」「革命的なプロダクト」に注目
――「Reversible World...